top of page
  • nekonobyouin

ペットロス

昔は飼っている動物が死んだので学校を休みます。仕事を休みます。と、言っても周りに受け入れてもらえなかったようですが、「ペットロス」という言葉もよく知られるようになり、飼っている動物が亡くなった悲しみを、理解してもらえるようになったように思います。「ほにゃららロス」という使われ方もよくされるようになったので、聞きなれない言葉ではなくなったのでしょう。

以前は、ペットロスになった人が、周りからも自分自身も「飼っていた動物が死んだくらいで学校や仕事を休むのはおかしいのではないか。」と、余計に自分自身を追い詰めてしまうこともあったようです。ペットロスについて理解が深まったとはいえ、人は飼っていた動物が亡くなった時、思っている以上のダメージを受けます。そして喪失感に自分自身がとまどうこともあります。ペットが亡くなった時人はどのように喪失感を感じどのように乗り越えていくべきなのかを知ることは大切です。

ペットロスで強い喪失感を感じますが、ペットロスに限らず、人はあらゆる場面で喪失感を感じています。失恋やホームシックの悲しみも喪失感の一つです。病気になった時の落ち込んだ気持ちも日常の健康をなくした喪失感です。人の人生は大きなものから小さなものまで含めて喪失感だらけなのです。人間は喪失感を感じ、その都度時間とともに喪失感を乗り越えるというように、なっているのです。

そして、日常の生活に密着したものを失った時ほどより喪失感を覚えます。だから遠くに住む親戚がなくなった時よりも飼っている猫が亡くなった時の方が、強い喪失感を感じるのです。その喪失感は、理由をつけて悲しいなと思うものでなく、生活の変化により理屈なく悲しさを感じるものなのです。飼っている動物が亡くなることで心に大きなダメージを受けることは,決して特別なことではありません。

ペットロスにより心に受けたダメージから立ち直るまでには、5つのステップがあります。

ペットを亡くした時、悲しくて悲しくてもう自分は元の自分にはなれないと思ってしまう人も多いでしょう。しかし、今どんなに悲しくても、人は5つのステップを辿りながら、時に後戻りしながら、確実に立ち直るまでのプロセスを歩んでいるのです。立ち直るための特効薬も魔法の呪文もあるわけではありません。ゆっくり時間をかけて立ち直っていくのです。



一つ目のステップは「否定」です。ペットの死をすぐに認めることができないのは、正常な反応です。目の前でペットが亡くなった時でさえ、自分のペットが亡くなれるなんてありえない。噓に違いない、と感じます。つらい現実を最初から簡単に受け入れることができないという、考えてみれば、当たり前の心の動きなのでしょう。


二つ目のステップは「交渉」です。「神様、何でもしますからこの子を死なせないでください。」人はこのような場面に対すると、無意識に祈る気持ちになるようです。正に困った時の神頼みです。ペットの死が覆るわけもないのですが、そう祈ってしまうのが、人の心なのでしょう。


三つ目のステップは「怒り」です。ペットが誰のせいで死んだのかと、「悪者」を見つけ攻撃します。家族や動物病院を責めることもあります。何の理由もなくペットが死んだとは思いたくないからです。その「悪者」が自分であると考え、過度に自分を責めてしまうこともあります。


四つ目のステップは「受容」です。ここにきてやっとペットの死を正面から見ることができます。目をそらすことなく、しっかりと現実を見るということは、簡単なことではありません。ペットの死を受け入れるのはつらいことですが、死を認めることが次へのステップへと繋がるのです。心は悲しみを感じているのですから、自分の気持ちをごまかすのはかえってよくありません。死を受け入れるということが大切なのです。


五つ目のステップは「解決」です。亡くなったペットのことを楽しかった思い出とともに思い出すことができるようになります。とは言っても、まったく悲しみがなくなるわけではありません。時に思い出して悲しくなってしまったり、といったり来たりの状態を過ごしながら、だんだん受け入れることができるようになっていきます。そしてペットの死がつらい事実から「思い出」に変わっていくのです。


ペットロスになった時、助けになるのは周りの人間です。他の人と悲しみを共有することによって、ペットの死を見つめなおすことができます。家族だったり友人だったりカウンセラーだったり、言葉にすることで亡くなったペットのこと、自分のことを冷静に見ることができます。こんなことを言って変に見られるのではないか、迷惑をかけるのではないかなど、ついつい思いがちですが、自分の気持ちをはっきり出さなけば、ペットの死を受け入れることなどできません。周りに自分の気持ちを出せる人がいなければ、文章にしてみます。日記でもよいし、亡くなったペットへの手紙でもよいし、フェイスブックへの書き込みでもよいです。人との会話と同様に、文章という形にしても、とにかく自分を出してみるということが大切です。


自分の身近な人がペットロスのなった時、どうすればよいのでしょう。近くにいてあげることが大切です。アドバイスをしてうまくいくことはあまりないので、とにかく近くにいてあげるだけで十分です。ずっと近くにいることが難しくても、頻繁に電話をしたり、頻繁にメールを送るのも有効です。そして本人が話をしたくなった時、聞いてあげます。意見もアドバイスもいりません。とにかく聞いてあげます。ペットロスになった人にとって、近くにいてくれること、話を聞いてくれることが、大きな支えになります。

ペットロスになった人に言ってはいけない言葉があります。

「年取っていたし、寿命だったから仕方ないね。」

年寄り猫だってもう数カ月でも生きてほしかったのに、寿命だから仕方ないとは思えるわけないのに・・・・。

「新しい猫を飼ったら。」

あの子の代わりはどこにもいないのに、どうしてそんなことを言うの。

「神様があの子をつれていったんだね。」

どうして連れて行くの。頼んでもいないのに。

何かアドバイスをするのでなく、そばにいてあげること。話を聞いてあげることが大切なのです。


動物を飼っていると必ず経験するのが、「ペットロス」です。飼っている動物が亡くなること、飼っている動物が亡くなることで受ける心のダメージを言います。「ペットロス」に限らず、人は生きていく中で、何かを失った時に喪失感を覚えます。それは、失ったものによって、「失恋」「ホームシック」「喪中」などいろいろな呼ばれ方をしますが、すべて何かを失ったことによる喪失感なのです。その他にも、人生の中では、受験失敗、病気、離婚など心にダメージを受ける場面は多くありますが、すべての場面において、人は何かを失っているのです。今まであったものから何かを無くした時、人は心の穴が開いたようなやるせない気持ちを感じます。それが喪失感です。小さなところでは、楽しみにとってあったコンビニのデザートを食べようとしていたら賞味期限がすっかり過ぎてしまっていた時、ちょっと悲しい気持ちになります。小さな喪失感です。喪失感は理屈でなく感じるものなので、日常生活の中の存在するものを無くした方が喪失感を強く感じます。


ペットロスのような喪失感は何のために存在するのでしょうか。それは、人間を成長させ、人生を豊かにするためではないでしょうか。失恋のつらさを知ることで、次の恋愛では相手を大切にしようと思います。ホームシックになれば、新しい土地での生活を大切に思います。コンビニのデザートに対しても失うことで、より愛着がわきます。そして飼っていた動物が亡くなれば、次に飼う動物にはもっと愛情をささげようと思いますし、ペットだけでなく家族に対しても一緒の時間を大切にしようと思うでしょう。本人にとってはつらい経験としか思えなくても、周りから見れば、人間としての成長と見えているかもしれません。何かを無くした時、この世に喪失感がなく、人はそのことで悲しみを感じないとしたら、ただ何かが無くなったという事実のみが残るわけですが、人には喪失感を感じることができるため、悲しさ辛さとともに何かを得ているのだと思います。

ペットロスになった心は、年月を経ることで、必ず立ち直ることができます。そのためには自分をごまかすことなく、しっかり悲しむ時間を作ることが大切です。早く忘れようとするのではなく、亡くなったペットをたくさん思い出してあげるようにします。亡くなったペットのために十分に悲しんであげることで、次のステップへ進むことができます。そしてペットとの良い思い出が残るのです。



最新記事

すべて表示

雄猫の手術を去勢手術、雌猫の手術を避妊手術といいます。手術は全身麻酔で行ないます。全身麻酔のため危険性はゼロではありませんが、若く健康な猫の施すことがほとんどなので、他の手術に比べれば安全です。 妊娠するわけでもない雄猫に、どうして去勢手術が必要なのでしょう。精巣からは男性ホルモンが出ています。その男性ホルモンによって、猫は雌猫を追いかけたくなり、外に出たくなり、発情している雌猫がいれば興奮します

bottom of page